脱北者と行く非武装地帯

もともと1つの国だったのに、ある日突然、勝手に線を引かれて別々の国になる。アメリカ=資本主義とソ連=社会主義の犠牲となった朝鮮半島は、北緯36度を境に全く異なる世界になってしまった。アメリカと手を組んだ南部は韓国となり、貧しい時期を経ながらもサムスンやLGなどの世界的企業を輩出するまでに経済発展した。一方の北部は世界一謎に包まれた国・北朝鮮となり、その実態は国民すらも知らない。入国することは不可能ではないが、すんなり行けるわけでもなく、入国したところで自由に動けるわけでもない。そんな北朝鮮の姿を韓国から見ることができるという。

韓国と北朝鮮は休戦状態であり、国境は存在しないが、代わりに軍事境界線が設定されている。ひとまずお互いこのラインを越えないでおこうという取り決めた線だ。だが、何かの拍子で軍事衝突が起きてもおかしくない。そのため、軍事境界線の南北2kmに非武装地帯(DMZ)を設けて、緊張を和らげている。非武装地帯には原則として民間人が立ち入ることはできないが、外国人であればツアーに参加することで立ち入りが許可される。

何社かあるうち「脱北者と行く非武装地帯」というキャッチコピーを見つけて、申し込んでみた。出発は朝6時、明洞駅に行くとツアー参加者の日本人のほかに、角刈りの青年がいた。名前はキム(仮名)さんというそうで、彼が同行してくれる。ツアーの拠点となる臨津閣には8時前には到着する。日本語堪能なガイドさんが北朝鮮の話をしてくれて、興味深くてあっという間に時間が過ぎた。

到着するとすでに駐車場にずらりと観光バスが並んでいた。非武装地帯への立ち入りは先着順で、入れるかどうかは着いてみないと分からないという。残念ながらこの日はチケットが売り切れてしまい、非武装地帯の第三トンネルや都羅山展望台に行くことはできなかった。しかし、ロープウェイで非武装地帯の一部に入ることはできるというので、後ほど行くことに。

臨津閣の北西には川が流れており、川を渡ると非武装地帯に入る。そこには鉄道橋がかかっており、北朝鮮へと続いている。橋のすぐ東には橋脚が残っている。これは南北戦争の時に破壊された橋で、生々しい重根が残っている。

2024年10月に北朝鮮が鉄道を破壊してしまったが、もし南北統一か友好関係が成立すれば、釜山からシベリアを通ってロンドンやマドリードまで鉄道で旅ができることになる。

さて、ロープウェイに乗って川を渡ろう。

臨津閣の対岸には朝鮮戦争の資料を展示する館と、小さな公園があるのみだが、地雷があることを示すサインが今も戦争が続いていることを物語っている。

同行してくださったキムさんはアメリカ留学経験があり、英語堪能。この日のツアー参加者はほとんどの方が英語を話さなかったため、長い時間をキムさんと二人で話をしながら過ごせた。次の目的地へ向かうまで、キムさんから聞いた北朝鮮の話を紹介する。

キムさんは2008年ごろ、北朝鮮北部の町から17歳の時に脱北した。当時、両親は離婚しており、母はすでに脱北していた。そんな中、父が体調不良で働けなくなり、残された彼と兄のどちらかが働かなくてはいけない状況になった。しかし、国内で十分な収入を得ることは難しかったため、兄弟のどちらかが脱北して中国から仕送りをすることにした。この時、兄は成人を迎えており、万一脱北に失敗したら粛清される可能性を否定できない。そこで、未成年だったキムさんが脱北することにしたという。未成年であれば、命だけは助かる可能性があった。

キムさんは、北朝鮮での生活に不満があったわけではないという。ただ、今思えば劣悪な環境だった。食事はトウモロコシ飯と副菜(野菜のおかずやスープ)が基本で、17年の人生で豚肉を食べたのは10回にも満たないという。平均寿命は韓国と比較して5〜10歳短く、医療体制はないに等しい。一部の上層部だけが麻酔を使った手術を受けられる。

北朝鮮は平壌とそれ以外では発展度合いが雲泥の差だという。キムさんが住んでいた北部の村では当時、車を見ることもほとんどなかったという。基本的には身分社会で、出身成分によって就ける仕事や住む場所が決まる。身分が低い者はどんなに才能や金があっても平壌に住むことはできない。ただし、結婚は例外らしい。平壌に住んでいるからといって、皆が裕福なわけではない。中には逆玉の輿を狙って、金を持っている女性を地方から呼び寄せたいと思う男性もいるのだとか。

北朝鮮において、金は何よりも力を持つ。絶対的な権力を持つ軍人も、社会主義の下では驚くほど給料が安い。だから、喜んで賄賂を受け取る。

皮肉なことに、北朝鮮では資本主義社会以上に金がモノを言う世界になっているらしい。

さて、臨津閣から南西に移動して「鰲頭山統一展望台」という場所に到着した。ここは川を挟んで北朝鮮が目と鼻の先にあるところで、双眼鏡を使うと北朝鮮の人々が見える。もちろんこれは宣伝村であって、本当の北朝鮮の姿ではない。

北朝鮮の農村部がどんな姿なのかは謎のままだ。キムさんの言うような状況がいまも続いているのか定かではないが、少なくとも衛星写真に灯りは写らない。

旅のMEMO